SNSに投稿したあと、しばらくして画面を開く。
「いいね、増えたかな」
一度確認したのに、少しするとまた見てしまう。思ったより多ければうれしい。少なければ、投稿内容が悪かったのか、それとも自分自身があまり評価されていないのかまで気になってくる。
本来、「いいね」は投稿についた反応の数にすぎません。
ところがSNSでは、その数字がいつの間にか「自分がどれくらい受け入れられているか」を示すもののように感じられることがあります。
そして2026年、この「数字を見せること」自体を見直す動きが、改めて目立っています。
なぜ、ただの数字がこれほど気になるのでしょうか。
今回は「いいね」を入口に、評価が数値化されたとき、人はなぜ自分の価値までそこに重ねてしまうのかを考えてみます。

いま何が起きている?「いいねを見せない」が再び重要になっている
SNSの「いいね」数をめぐる議論は、新しいものではありません。
InstagramとFacebookでは2021年から、利用者が他人の投稿の「いいね」数を非表示にしたり、自分の投稿についた数を他人から見えなくしたりできる機能が導入されています。Metaは当時、テストを通じて「いいね」数を見ないことが有益だと感じる人がいる一方、人気の把握などに数字を使いたい人もいるとして、表示するかどうかを利用者自身が選べる形にしました。Facebook
そして2026年8月、Metaは米国の州・準州などの司法長官との合意に基づく10代向け保護策の一つとして、InstagramとFacebookで10代の利用者には、自分や他人の投稿についた「いいね」やリアクションの数をデフォルトで見せない措置を発表しました。ほかにも利用時間制限や夜間利用の制限などが盛り込まれています。Facebook
つまり、「いいね」は単なる便利な反応ボタンではなく、その数が見えること自体が利用体験を変える要素として扱われるようになっているのです。
研究からも、その数字が人の心理と無関係ではないことが分かってきています。
2025年に発表された研究では、1,007人の大学生を対象に、SNS上で「少ない・中程度・多い」のいずれかの「いいね」を受け取る実験が行われました。少ない「いいね」を受け取った参加者では、自尊感情や「自分には意味がある」という感覚、ポジティブな感情が低くなる結果が報告されています。PubMed
さらに2026年の研究では、中国の若年成人398人を8か月追跡したところ、「いいね」などのフィードバックと心理的苦痛との関係に、自尊感情や社会的比較が関与していることが示されました。ただし、対象集団や研究デザインには限界があり、「いいねが少なければ誰でも精神状態が悪化する」と単純化できる結果ではありません。PubMed
重要なのは、「いいね」が数字でありながら、私たちにとっては社会から返ってくる反応でもあるという点です。
なぜ「いいね」の数まで気にしてしまうのか?
数字になると、曖昧だった評価が「見える」
人間関係の中で、自分がどう思われているのかは本来かなり曖昧です。
「この話、面白かったかな」
「この写真、どう思われたかな」
「自分はこの集団の中で受け入れられているのかな」
現実の世界では、こうしたことに明確な点数はつきません。
ところがSNSでは違います。
23いいね。
187いいね。
1,204いいね。
反応が数字として表示されます。
すると、本来は複雑で曖昧だった他者からの反応が、まるで測定できるものになったように見えてきます。
ここで起きるのが、「測れるもの」と「価値のあるもの」の混同です。
実際には「いいね」の数は、フォロワー数、投稿時間、内容、アルゴリズムによる露出など、さまざまな条件に左右されます。
それでも数字として一つの値が示されると、私たちはそこに意味を感じやすくなります。
「自分の数字」だけでは終わらない
さらにSNSには、比較対象があります。
自分が50いいねだったとき、それだけを見ていれば「50人が反応してくれた」と考えられるかもしれません。
しかし、似た投稿をした誰かが500いいねだったらどうでしょう。
50という数字の意味が変わります。
数字には、絶対値だけでなく順位をつくる力があります。
過去の実験研究でも、「いいね」は社会的な受容を数値化した情報として、オンライン上の社会的比較に使われ得ることが示されています。サイエンスダイレクト
「何人が反応してくれたか」から、
「自分はあの人より評価されているか」
へ。
ここで「いいね」は単なる反応から、比較の材料へと変わります。
ManiaMatrixで読み解くと?――D×①「数字で揺れる自尊心」
今回の現象をManiaMatrixの25マスで考えるなら、中心になるのは、
D×①「数字で揺れる自尊心」
デジタル中毒 × 比較・優劣
です。
ManiaMatrixでは、SNSやスマホなどのデジタル環境で繰り返し行動してしまう構造を「デジタル中毒」の世界として捉え、その中でも数字によって他人との位置関係を意識する構造を「数字で揺れる自尊心」と整理しています。Mania Matrix
今回の「いいね」は、まさにこの構造が見えやすい例です。
「反応」が「評価」になり、「評価」が「自分」に近づいていく
構造を順番に分解すると、こうなります。
投稿する
↓
反応が数字で返ってくる
↓
前回の投稿や他人の数字と比べる
↓
多い・少ないという差が生まれる
↓
その差に意味を感じる
↓
「自分は評価されている/されていない」と解釈する
↓
もう一度数字を確認する
ここで重要なのは、最初から「自分の価値」を測ろうとしてSNSを開いているわけではないことです。
最初はただ、「反応が来たかな」と思っていただけかもしれません。
しかし、反応が数字になり、比較できるようになることで、少しずつ数字の意味が大きくなっていきます。
投稿への評価と、自分自身への評価の境界が曖昧になる。
ここに、この現象の核心があります。
副マスはA×③「反応待ちループ」
もう一つ重なりやすいのが、
A×③「反応待ちループ」
普遍構造 × 即時フィードバック
です。Mania Matrix
投稿した直後には、最終的な「いいね」数が分かりません。
3だった数字が5になる。
次に見たら12になる。
通知が来る。
また増える。
つまり、反応は一度に確定するのではなく、時間とともに少しずつ返ってきます。
だから確認する理由が何度も生まれます。
2026年7月に『JAMA Psychiatry』で発表された研究では、SNS上で受け取る「いいね」が、その後の投稿行動を強化する傾向について調べられました。研究では複数のデータセットを用い、特に抑うつ症状などを持つ人で「いいね」による投稿行動の強化が大きい関連が報告されています。ただしこれは横断的研究を含むもので、SNSの「いいね」が抑うつを引き起こすと証明したものではありません。
ここから見えてくるのは、
比較したくなる「数字」と、また確かめたくなる「反応」が組み合わさっている
という構造です。
これが、「いいね」が気になるだけで終わらず、何度も確認してしまう理由の一つと考えられます。
これは「いいね」だけの話ではない
この構造が興味深いのは、SNS特有の問題ではないことです。
人間は昔から他人の評価を気にしてきました。
テストの点数。
営業成績。
順位。
売上。
アクセス数。
フォロワー数。
再生回数。
レビュー評価。
数字は複雑な現実を分かりやすくしてくれます。
しかし同時に、数字にできなかったものまで、数字で判断したくなるという問題も生まれます。
ブログを書いていてアクセスが少なければ、「この記事には価値がない」と感じる。
動画の再生回数が伸びなければ、「自分には才能がない」と感じる。
仕事の成績が低ければ、「自分は能力のない人間だ」と感じる。
しかし、本来そこで測定されているものと、「その人そのものの価値」は同じではありません。
SNSは、この昔からある人間の傾向を新しく生み出したというより、評価を数字にして、リアルタイムで、しかも他人と比較できる状態にしたと考えたほうがよいでしょう。
だから「いいね」の問題は、SNSが変わっても残ります。
将来「いいね」という機能がなくなったとしても、フォロワー数、閲覧数、ランキング、スコアなど、別の数字が現れれば同じ構造は起こり得ます。
数字そのものが悪いのではありません。
数字は便利です。
問題を理解する鍵は、
その数字は何を測っているのか。そして、自分はその数字に何を意味させているのか。
という二つを分けて考えることにあります。
まとめ――人は「数字」を見ながら、自分の位置を確認している
「いいね」が気になるのは、単に人気者になりたいからとは限りません。
他人の反応は本来、曖昧なものです。
SNSはそれを数字に変えました。
数字になると比較できる。
比較すると、自分の位置が見える。
位置が見えると、その結果に意味を与えたくなる。
そしていつの間にか、
「この投稿はどれくらい評価されたのか」
という問いが、
「自分はどれくらい評価されているのか」
という問いへ近づいていきます。
ManiaMatrixで見るなら、これはD×①「数字で揺れる自尊心」がよく表れる場面です。そこにA×③「反応待ちループ」が重なることで、数字を何度も確認する行動も生まれやすくなります。Mania Matrix
「いいね」は、小さな数字です。
けれど、その小さな数字を気にする人間の姿を掘り下げると、そこにはもっと普遍的な問いが見えてきます。
人は、自分の価値が直接見えないからこそ、ときどき「見える数字」を使って自分を確かめたくなるのではないでしょうか。
ニュースやSNSの機能は変わっても、この構造は簡単には古くならないはずです。