料理を楽にしたいなら、切れ味のいい包丁を買えばいい。掃除を楽にしたいなら、高性能な掃除機を買えばいい。これまで「便利な商品」とは、同じ作業をもっと速く、もっと上手にできるものを指すことが多かったように思います。
ところが今、少し違う方向の便利さが見えています。「もっと楽にやる」のではなく、「そもそもやらなくて済ませたい」。
ManiaMatrixでは、この変化を“面倒そのものを消す消費”という視点から考えます。
いま、何が起きているのか
最近、「包丁キャンセル」と呼ばれる調理方法が注目されています。包丁やまな板を使わず、キッチンバサミやカット済み食材を使ったり、食材を手でちぎったりして料理する方法です。
キユーピーの2025年度「えがおの食生活研究」では、最近1カ月以内に使用した調理器具の数はZ世代で6.2個、BB世代では11.1個でした。また、包丁を使わない料理を取り入れている割合は、Z世代14.6%、BB世代2.0%という結果になっています。同社は、若い世代で調理工程を合理化する傾向が見られるとしています。
もちろん、これだけで「若者は包丁を使わなくなった」とはいえません。
興味深いのは、包丁を別の道具に置き換えていることより、料理の中に存在していた工程そのものを減らそうとしていることです。
気になるのは「包丁を使わないこと」そのものではない
包丁を使うときには、包丁だけを使っているわけではありません。
まな板を出し、食材を切り、使い終わった包丁とまな板を洗い、乾かし、元の場所へ戻します。
つまり、一つの道具の後ろには小さな作業が連なっています。
だから「包丁を使わない」という選択で消えるのは、切る作業だけではありません。その周辺にあるいくつもの細かな工程まで一緒に減る可能性があります。
ここに、単なる「タイパ」では説明しきれない変化があります。
私たちは以前よりも、何かをもっと高性能にすることだけではなく、面倒な工程が最初から存在しないことにも価値を感じるようになっているのかもしれません。
ManiaMatrixで見ると「買う心理×即時フィードバック」の構造
ManiaMatrixで見ると、今回の主軸は「B:買う心理」です。そして横軸では「③ 即時フィードバック」と深く関係しています。
ポイントは、商品を使ったときに得られる満足が「何かが増えた」ことではなく、「何かをしなくて済んだ」という形で、すぐに返ってくることです。
たとえば、
面倒な工程がある
↓
商品やサービスを使う
↓
工程が一つ消える
↓
すぐに負担が減ったと感じる
↓
ほかの面倒にも気づく
↓
さらに工程を減らす商品を探す
という流れです。
高性能な包丁なら、「よく切れる」というプラスが返ってきます。
一方、包丁を使わなくて済む仕組みでは、「洗わなくていい」「出さなくていい」「片付けなくていい」というマイナスの除去が返ってきます。
どちらも便利ですが、得ている満足の方向が違うのです。
この「負担が消えることに価値を感じる消費」を、ManiaMatrixでは仮に「引き算消費」と呼ぶことができます。
私たちは何に反応しているのか
この構造は料理だけの話ではありません。
掃除でも似た変化があります。
以前なら、「もっと吸引力の強い掃除機」「もっと軽い掃除機」という進化が中心でした。これは掃除という行為を、より快適にする商品です。
ところがロボット掃除機になると、価値の中心は少し変わります。
「上手に掃除できる」だけではなく、自分が掃除機を動かさなくていいこと自体が価値になります。
買い物でも同様です。
店までの移動時間を短くするより、ネット注文によって「店へ行く」という工程そのものをなくす。商品を比較しやすくするだけでなく、定期購入によって「毎回選ぶ」という作業まで減らす。
人は必ずしも怠けたいわけではありません。
一つひとつは小さくても、生活の中には「判断する」「準備する」「片付ける」といった作業が大量に存在します。その負担を減らせるなら、そこにお金を払う合理性が生まれます。
この仕組みを知ると、見え方が少し変わる
こう考えると、「最近の人は面倒くさがりになった」と片付けるだけでは、変化を見誤ります。
重要なのは、人間の性格が急に変わったことではありません。
商品やサービス側が、「もっと良くする」だけでなく、「そもそもしなくていい」という選択肢を提供できるようになっていることです。
選択肢が現れれば、それまで当たり前だと思っていた工程も、「本当に必要なのか」と見直されます。
包丁を使うのが当たり前だったから使っていた。掃除機は自分で動かすものだったから動かしていた。買い物は店へ行くものだったから行っていた。
しかし、一度その工程を消せると知ると、今度は「なぜ今までこれをやっていたのだろう」と感じることがあります。
便利さの基準そのものが、変化するのです。
まとめ|「包丁キャンセル」から見えるもの
「包丁キャンセル」という言葉は、一時的な流行で終わるかもしれません。
しかし、その奥にある「作業を楽にするより、作業そのものをなくしたい」という心理は、料理だけに存在するものではありません。
これからの商品やサービスでは、「何ができるようになるか」と同じくらい、「何をしなくてよくなるか」が価値になる可能性があります。
足し算によって豊かにする消費から、面倒を引いて生活を軽くする消費へ。
私たちがお金を払っているのは、商品そのものではなく、ときには「やらなくていい未来」なのかもしれません。