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なぜ若者は「ラジオ」にハマる?自分で選ばなくていいメディアの心地よさ

 

好きな曲を好きなときに聴けて、見たい動画も映画も自分で選べる。これほど自由な時代なのに、あえて「次に何が流れるか分からないラジオ」を聴く人がいます。そこにあるのは、懐かしさだけではないのかもしれません。ManiaMatrixでは今回の現象を、「自分で選ばなくていいことが生む心地よさ」から考えます。

 

 

いま、何が起きているのか

2026年8月、若い世代とラジオの関係を取り上げた記事が話題になりました。ただし、ラジオ局側は単純な「ラジオ再ブーム」とは捉えていません。現在はradikoのようなアプリからスマートフォンで聴けるため、若い世代にとってラジオは必ずしも「昔のメディア」ではなく、SpotifyやYouTubeなどと並ぶコンテンツの一つになっている、という見方です。

radikoも2025年に10代・20代が聴いた番組のランキングを公開しており、若い聴取層が存在していることは確認できます。

しかし、ここで気になるのは「ラジオが若者に人気なのか」だけではありません。もっと興味深いのは、あらゆるコンテンツを自分で選べる時代に、なぜ「自分では決められない部分を残したメディア」が心地よく感じられるのか、ということです。

 

 

気になるのは「ラジオ」そのものではない

Spotifyを開けば何千万という曲から選べます。YouTubeを開けば大量の動画が並び、動画配信サービスでは「次に何を見るか」を自分で決められます。

自由で便利な反面、そこでは小さな判断が繰り返されます。「何を聴こう」「これでいいのか」「もっと面白いものがあるのではないか」。一つひとつは小さな選択でも、コンテンツに触れるたびに選び続ける状態になります。

ラジオは少し違います。番組をつければ誰かが話し、曲が流れ、次の話題へ進んでいきます。もちろん番組そのものを選ぶことはできますが、その後の細かな展開まで自分で決める必要はありません。

つまりラジオには、「選べない」のではなく、「選ばなくていい」時間があります。

 

 

ManiaMatrixで見ると「A×④」の構造

ManiaMatrixでは、今回の中心をA「人がハマる普遍構造」×④「未完了感」と考えます。

ラジオを聴き始めるきっかけには、「もう次のコンテンツを探さなくていい」という選択からの解放があります。しかし、一度聴き始めると別の仕組みが動き始めます。

ラジオをつける
↓
話や音楽が勝手に流れてくる
↓
次に何が来るかは分からない
↓
少しだけ続きを聴く
↓
また新しい話題が始まる

ここでは、自分で「次」を選ばなくても、未確定の「次」が次々と現れます。

動画サイトなら一本が終わったところで「次に何を見るか」を考える場面があります。しかしラジオは、番組の流れそのものがその判断を代わりに引き受けてくれます。選択を止められる一方で、「次は何だろう」という未完了感は残る。この組み合わせが、聴き続けやすさを生んでいると考えられます。

 

 

私たちは何に反応しているのか

これはラジオだけに起きている現象ではありません。

たとえばホテルの朝食でメニューが決まっていると、選択肢の多いビュッフェより楽だと感じることがあります。誰かにおすすめされた映画をそのまま見るときも、「今日は何を見るか」をゼロから考える必要がありません。

選択肢が多いことは自由を増やします。しかし自由が増えるほど、「自分で決める」という作業も増えます。

現代のデジタルサービスは、一人ひとりが自分好みのものを選べるよう進化してきました。ところが、その便利さが十分に行き渡った先では、逆に「誰かにある程度決めてもらう」「偶然出てきたものを受け取る」ことにも価値が生まれます。

ラジオの心地よさは、その振り子が少し反対側へ動いている例なのかもしれません。

 

 

この仕組みを知ると、見え方が少し変わる

若者がラジオを聴くことを、「レトロブームだから」と説明してしまえば話は簡単です。しかし、それだけではCDやレコードなどへの関心との違いが見えません。

CDには、所有すること、収録曲が有限であること、少し不便であることなどの特徴があります。一方ラジオの特徴は、コンテンツそのものを所有しなくてもよく、次に何が来るかまで自分で管理しなくていいことです。

似た「昔からあるメディアへの関心」に見えても、人が反応している部分は同じとは限りません。

便利なサービスに疲れたから昔へ戻る、と単純化する必要もありません。むしろ私たちは、便利さを捨てたいのではなく、便利さによって増えた判断の一部だけを、誰かに預けたくなることがあるのではないでしょうか。

 

 

まとめ|若者のラジオから見える「選ばなくていい」という価値

ラジオを聴く若者がいるという現象の奥には、「新しいものより古いものが好き」という話だけでは説明できない心理があります。

好きなものを無限に選べる環境では、選択できる自由と同時に、選び続ける負担も生まれます。その中でラジオは、一度つければ番組の流れに身を任せられる。「何を選ぶか」をしばらく考えなくていいメディアです。

若者とラジオという話題は一時的に変化していくかもしれません。しかしその奥にある、「選択肢が増えれば増えるほど、人は幸せになるのか」という問いは残ります。

自由に選べる時代だからこそ、ときどき「選ばなくていいこと」が心地よくなる。

ラジオから見えてくるのは、そんな人間の少し逆説的な仕組みなのです。

 

 


 

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